かわるもの、かわらないもの
流行の歌がどれも同じに聞こえるようになってしまってから、随分と経ちます。中学生ぐらいのとき、祖母だったかが「最近の歌はどれも同じに聞こえるわ」と言っていましたが、私もそう思うようになりました。
多分、それぞれの曲をじっくりと聞くと、それぞれに個性があるんでしょうが、歌詞や曲調など全体的なイメージ、曲の持つ空気感とでも言いますか、が同じに感じます。流行の歌とは、その時代が求めている、その時代に合う歌なので、当然と言えば当然ですが、ま、これが流行というヤツなんでしょう。
そんな中でも、たまに「おっ!」と思うようなものがあります。ボーカルの歌唱力が圧倒的であったり、オリジナリティ溢れる音作りをしていたり。そして、私の好みに合う歌だったり。
時代の移り変わりとともに、表現手法の変化や技術の進歩によって、表面上は「今風」の歌になっていますが、楽器が奏でる音に歌い手が歌詞を乗せていく、という根本的な部分が同じである限り、いつの時代の曲でも私が良いと感じるものは、結局は同じなんだとつくづく思います。
などということをぼんやり考えていたのですが、「建物」についても、全く同じことが言えます。
建物にも流行・廃りというものがあって、外観なんかは特にそうですが、例えばハウスメーカーの建てる家はその時代によって傾向が割とはっきりしています。最近よく目にする「今風」の家は、10年ぐらい前には無かったようなデザインですし、20年ぐらい前に建てられた家は、やはりどれもにたような外観です。
ただ、シーズン毎に買いかえる服と違って、建物は一度建ってしまうと数十年はその場所に存在し続けるので、本来、数年で廃るようなデザインにすることは好ましくないのですが・・・。それを、時代(お客さん)が求めているのか、メーカーが作り出しているのかは分かりませんが、「時代遅れ」の外観を持った家、ってなんか切なくないですか?
また、近頃では「天井が高くて、窓が大きくて、明るい家」がもてはやされています。日本人の体のサイズはほとんど変わっていないのに、天井をやたらと高くする必要があるようには思えませんし、窓が大きいということは、その分、夏は暑く冬は寒く、場合によっては外から丸見えになってしまうこともあります。風通しのなら窓の大きさより、位置が重要ですし。
ライフスタイルの変化や技術の進歩によって、オープンキッチンが主流になったように、間取りが変化することは十分に考えられます。しかし、人が居心地よく快適と感じる空間、広さ・高さは、少なくともここ数十年は、そんなに変わっていないと思います。結局、天井が高く、窓が大きくなった分はエネルギーを使って冷暖房し、外から見えては困るので、折角の大きな窓には1日中カーテンが掛かったままです。
一方で、住み手と作り手が「暮らす」ことについて真剣に向き合って造った建物、しばしば名建築と呼ばれるような建物、は未だに色あせません。たまたま手元に本があるので例を挙げますが、アルバ・アールトの代表作の1つ「マイレア邸」は、70年以上前に建てられた住宅ですが、色あせるどころか、今見ても非常に斬新かつ繊細で、住宅としての完成度という点においても、見た目だけが斬新っぽい最近のヘンテコな住宅とは比べ物になりません。
私は「この時代」に生きているので、この時代の流行みたいなものからは、多分、逃れられないと思いますし、見た目がカッコいい建物を見たりすると、「これいいな」と思ったりもします。ただ、基本の部分、住む人が居心地よく快適に暮らせる家作り、は決して忘れてはいけない、とアールトの本を手に取り改めて思いました。
人がそこに暮らす、住宅を設計している以上、あたり前のことなんですが。